〜イスラームってこれか…!〜
「イスラーム」
この言葉を聞いて、皆さんはどんなことを思うでしょうか?
「戦争とかテロいっぱいしてそう」
「わけがわからない感じ」
こういったネガティブなイメージが浮かぶ人も少なくないと思います。
私たちは、先日紹介したLAPの一環として普段3名ほどで「イスラーム学の基礎」というイスラームを概観する講義を受けています。
その講義を通して、私たちは「イスラームって、実は『理解できる』ものなんだ」、「自分たちは、イスラームについて誤解しているというより、そもそもイスラームを知らないのではないか」と思うようになりました。
そんな思いをベースに、「参加者がイスラームに対する「誤解」を解き、その経験を踏まえてより一般的に通用する「気づき」を得られる場」を作りたいと思い、去る6/3(日)に「Intoroduction to Islamic Studies 〜イスラームってこれか…!〜」と題したイベントを行いました!
まず冒頭に、「自分たちがイスラームをどう思っているか」を明確に認識するために、参加者に議論をしてもらいました。
テーマは「あなたはイスラームについてどんなことを知っていますか?そして、そんなイスラームに対してどんなイメージを持ちますか?」。そのなかで、「戒律が厳しい」などの宗教的なイメージだけでなく、「人々が嘘つかなーい」なんていう、もう少し現地の人間寄りで、面白みのある意見なんかも出ました。
続いてそれを受けて、普段「イスラーム学の基礎」を受けているメンバーからのプレゼンです。
「概して言えば、私たちはイスラームを『得体のしれない物』と思っていませんか?しかし、本当にそうなのでしょうか?」。そんな問いを軸に、イスラームというシステムの概説と、私たちが誤解しがちな点の指摘を中心に30分ほど話をしました。
その内容を、簡単に紹介したいと思います。
1.イスラームは非合理的か?
イスラーム世界というと、とかく西洋と対比されて「前近代的」「非合理的」と思われがちです。
しかし、イスラームの体系は、神アッラーやクルアーン(コーラン)を始点としてロジカルに語ることができるものです。さらに、法律を定めるときも、クルアーンなどに書いてあることを元に三段論法的な手法で結論を導きだすという合理的な手法をはるか昔から使っているのです。そんなイスラームを合理的だと言っても良いのではないかと思います。
2.イスラームのシステムは未熟か?
イスラームのもう一つのイメージは「野蛮」ではないでしょうか。そして「野蛮」に付随するイメージとして、「未熟なシステム」があると思います。
ではイスラームはどうでしょうか。「啓典の民」の考えに代表される寛容さ、断食などにおける例外規定、そして平等主義などを兼ね備えたイスラームのシステムは必ずしも未熟ではなく、よって野蛮とは言い切れないと思います。
3.イスラーム「教」?
イスラームは、日本人が言うところの「宗教」の枠には留まらず、いわば「社会・文化システム」と捉えたほうが正確なようなものです。
4.イスラーム=武力・テロか?そして原理主義について
特に9.11.以降、イスラーム=武力・テロといったイメージがより一層強くなったように感じられます。しかしテロ行為などをしているのはごく一部の過激派のみであり、イスラーム自体も無闇な殺人は禁止しています。
そして原理主義についても、本来はイスラーム復興を目指す動きのことであり、過激派とはイコールではないのです。
以上のようなことをプレゼンしたあとは、より一般化した議論です。
前のプレゼンにおけるメッセージの一つとして、「イスラームに対するステレオタイプを改めてもらえれば」というものがありました。さて、改めて考えてみると、私たちは普段から沢山のものに対してステレオタイプをいだいて―つまりは「色眼鏡」を通して物をみて―います。もちろん、ステレオタイプをもつのは仕方ないことですし、悪いことばかりではありません。プラスに作用することもたくさんあります。しかし、物事をありのままに見たり、新たな視点で見るためにそれらを取り除いたほうが良い場合があるのも事実です。
そこで、参加者で「私たちが色眼鏡を通して物をみてしまう理由は何か?そして、色眼鏡を通して見てしまっているかどうかをチェックためのポイントは何か?」を議論してみることにしました。
議論の結果、下のような意見が出ました。
*色眼鏡を通してみてしまう理由
・対象を知らない
・対象との直接的接点がない
・マイナーな物に対しては偏見を抱きがちになる/長いものには巻かれろの精神
・情報の一部しか見ていない
・情報源に偏りがある
*色眼鏡を通してみてしまっているかをチェックするためのポイントは何か?
・違う側面から見てみる
・前提条件を吟味する
・根拠を突き詰める―"why?"を繰り返し自分に問うてみる
・「平均的な」情報を集める
・色眼鏡を通してしか見られないことを知る。そして、自分のもっている色眼鏡の「色」を知る。
こういった議論は陳腐なものかも知れません。
しかし、普段なかなか真剣に検討しないこの問題について改めて考えることは新たな「気付き」を得る可能性があると思います。今回のイベントが参加者にとってそのような機会であったとすれば良いと思います。
(星田)